フィリピン人のおもてなし精神

(おもてなし精神)
私が体験したひとつのエピソードをお話します。

これはもう、30年も前になるんですが、私はODAの仕事で、水道も井戸もない50をこえる村々に、井戸を掘ってあげて、発電機とポンプ、高架水槽を設置して、村の中の道沿いにひねればいつでも水がでる蛇口を、20m置きくらいに設置するプロジェクトに参加していました。


完成すると検査も兼ねて、順番に蛇口を開けて水がちゃんとでるかチェックするんですが、だいたい村中の人達がぞろぞろついて来て、水が出るたびに大歓声をあげて喜んでくれるんです。

それまでは、遠い川に水をくみにいったり、雨水をためて使っていたわけですから、喜ぶのは当たり前なんですが、検査の後、みんなが「俺のうちに来てくれ、ごちそうするから」とひっぱりだこになりました。

お言葉に甘えて着いていくと、チョット待っててと、その辺を走りまわっている鶏を捕まえて、その場でさばいてあっと言う間にバーベキューにしてくれ、究極の新鮮な地鶏を味わえたことも、何度もありました。


中には、村をあげての完成式典に招待されることもあり、これはそのパーティーでの出来事でした。私は学生時代器械体操をやったことがあって、まだその時は20歳代だったので、パーティーの席での隠し芸としてバク宙を披露したのですが、それを見た村の人が、この村にも宙返りのできる子がいると、その子の両親を私のテーブルに連れてきました。

後で宙返りを見てもらいたいが、その前に、その子が取ったヤシの実をごちそうする、というやいなや、ひとりの少年がするすると15mほどのヤシの木を登ってヤシの実を上から落としはじめました。


あまり見事だったので、見惚れていたのですが、これこそ「サルも木から落ちる」ということでしょうか。その子が足元を滑らして、地面まで落ちてしまったのです。

あっと言う間の出来事だったのですが、動けずにいるその子を数人の村人が、これもあっという間にどこかに運んで行きました。

当然私たちは心配して、「大丈夫なの」と聞き、目も前にいる両親にもすぐに行って見てあげて」と促したのですが、「大したことはない。

少し休めば宙返りができるようになるから、それまで息子が取ったおいしいヤシの実を食べよう」と、両親も私たちの心配も意に介さない様子なんです。  


でも、重症なのはあきらかです。両親も心配でたまらないに決まっています。でもいっしょに参加していたフィリピン人のエンジニアが小声で言うんです。

「中井さん、彼らにとって、今日の主賓である我々に、せっかくのパーティーを、楽しんでもらうのが一番なんだ。我々が心配してもしなくても、あの子の治療は、村の他の人が全力で行なっている。ここは、あの子のことは、村の人達に任して、パーティーを心から楽むことが、我々にできる一番いいことだ。」と教えられ、複雑な思いで彼らの徹底したホスピタリティーに感心しながら、最後までパーティーを楽しみました。

帰り際に遠くから手をふるその子と、両親の笑顔を見てやっとほっとしましたが、ずっと心に残っている出来事でした。

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